7月28日(土)  ルーバン、ブルージュ、そして夜のグランプラス
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7月28日(土) 9時にロビー集合、地下鉄でブリュッセル南駅へ。
 9時10分には南駅到着、日本で言う「みどりの窓口」に行き、ユーレイル・パスのチェックをしてもらう。係員がパスポートを確認してパスにスタート日を書き込んで、これで完了だ。このパスは今日から15日間有効となり、ヨーロッパ各国の国鉄の1等車両にフリーで乗ることができる。TGVも指定料金(1回3ユーロ)を払えば、そのまま乗車できる。

9時28分、南駅発の列車に辛うじて間に合った。
9時58分、ルーベン駅に到着。
 駅構内で案内役をお願いしていた二人の大学生が待っていてくれていた。1人は1年間本学に留学していたルーバン・カトリック大学の学生。もう一人はその友達で、ベトナム人だが赤ん坊の頃に両親とともにベルギーに移住してきたというベルギー人だ。でも見た目は、日本人と言われても分からない。
 広い駅前広場のど真ん中には、第2次世界大戦の戦没者を弔う記念碑が建てられている。その周りがロータリーとなっている。駅舎と反対側の大通りをまっすぐに歩いて進んでいく。
 大通りの両サイドにはりっぱな石造りの建物が並んでおり、その1階には服飾をはじめとする各種の店舗が入っているが、今日は土曜ということでほとんど閉店している。
 通りの先が二つに割れて、左の通りを進むと、前方上方に教会らしき尖塔が見えてきたが、あとでこれは大学図書館の建物だと分かった。すぐに通りは大きい広場に出た。広場の南側はりっぱな大学図書館だ。ここも土曜は閉館。この図書館も第1次、第2次の世界大戦で2度の戦火で破壊されてしまい、戦後、世界各国、著名大学等の支援を得て復元したという。その時に支援した大学の名前が建物の壁に刻まれていた。











 続いてルーバンカトリック大学の日本語学科の建物を見学。でもあいにく建物のドアはカード式になっており、土曜は教員と院生しか入れなかった。玄関前で諦めかかっていたときに、中から教員らしき二人が出てきて、案内役の学生が、わざわざ日本から見学に来た私たちに中を見せたいので、入館させてもらえないかと二人に説明。最初は戸惑いを見せていたが、我々を見渡して、入館を黙認してくれた。
 建物に入ると、案内役の彼女たちは普段はよく通っていることもあり、迷うことなくエレベータで日本語学科のフロアーに案内してくれた。掲示板には日本語検定のポスター、共同研究室のドア横には、本学のEU・日本研究センターの看板がしっかりと掛けられていた。その横にはひらがなとカタカナの読み方一覧表も張られてあり、みんな「なるほど」という雰囲気で眺めていた。看板をバックにして記念写真を撮影した。これで今回の最初の大きな仕事を完了。

 続いて、玄関を出て、竹やぶなどがある庭から表通りに出た。表通りを横切り、古いレンガ造りの建物の並ぶ通りを抜け、次にみどり一杯の公園を中を通り過ぎる。
 石畳の通りを行くと、かなりの広い長方形の広場に出た。案内役の学生が「ここはロングテラス」と言って、最も長いテラスが並んでいるところだという。人はまばらで閑散としているが、いくつかの店のテラスでは店員が椅子を並べ始めていた。昨晩も広場一杯に大勢の客がビールを飲み干しながら歓声を上げていたらしい。
 広場を抜けるとまた立派な装飾の建物にびっくり。なんとこれが市庁舎。そして聖ペトロ参事会教会。市庁舎の前ではウェディングドレスを着た花嫁と家族・親族たちがにこやかに歓談し、記念写真を撮影していた。挙式を終えたところらしい。
 市庁舎の横にはウェディング用の年代物のフォルクスワーゲンとBMWなど2台の車が置かれていて、私たちが珍しがって指差しながら見ていると、婦人警官が近寄ってきて、親切にも説明をしてくれた。

 市庁舎の横、警察署の脇を行くと、レストラン街に出た。ここで案内役の彼女たちにお任せで昼食の店を選んでもらった。そのレストランのテラスで昼食にすることにした。
 昼食後、ぶらぶらと中央図書館前の広場に戻り、ここで再度記念撮影。そしてルーベン駅に戻った。案内役の二人は明日からスイス旅行に行くために、今日はブリュッセルにあるベトナム人の学生の家に泊めてもらうという。我々はブリュッセルを通り越して、中世の街であるブリュージュに行くことにした。

 ルーベン駅14時10分発、ブリュッセル経由ブリュージュ15時20分頃着












 ブルージュ・・・旧市街は世界遺産。13~14世紀はハンザ同盟の主要都市として栄える。 <<動画はこちらをクリック!!>>
 花壇や自転車置き場のある広い駅前広場を通り過ぎ、信号を渡ってしばらく歩いていくと、両サイドがまさに中世そのままという建物が並ぶ石畳の通りに入っていった。遠くに教会の大聖塔が見える。しばらくすると鐘の音が聞こえてきた。かなりの距離を進み、右に折れると目の前に青空に聳える救世主大聖堂の塔が見えてきた。その近くには水路が巡っている。時々その水路を、多くの観光客を乗せたボートが進んでいく。
 通りには、これまた観光客を乗せた馬車が、パカパカと足音を立てて走っていく。ここまでは人影もまばらだったが、細い突き当たりの路地に行き着くとその先はいっぱいの観光客で賑わっている。両サイドに小奇麗な店舗が軒を並べ、道を行くとますます観光客で混み合ってきた。

 聖母教会の近くになると賑わいは最高潮である。教会の中を覗いてみる。中も観光客で一杯であった。出口を出るとダイバー通りと呼ばれる広い通りに出た。水路が交差しており、その橋の袂にあるボートの乗船場には、20~30人が遊覧ボートを待っている。ダイバー通りの水路に沿って陶器や飾り物などの出店が並んで、観光客が出店の商品を眺めながら通り過ぎていく。水路に架かった橋を渡り、しばらくいくと、これまた広大な広場に出た。マルクト広場だ。ブリュッセルのグランプラスの4倍くらいはありそうだ。
 広場の向こう側には4~5階建ての瀟洒な建物が三角屋根を並べて建っている。観光馬車もここから出発するが、これも長蛇の列ができている。この広場に面して鐘楼の建物があり、その中に入った。鐘楼に昇る前に、中庭にあるトイレ(有料)で用を済ませた。そして鐘楼の入り口に行ってみると、4時半でクローズ。ロープが張られていた。時計を見ると4時35分。「仕舞った、残念。」。夕方の観光ではクローズ時間の事前確認が必要だ(教訓その1)

 広場の横の通りから店を眺めながら引き返し、遊覧ボートに乗ることした。乗船場に着くと、ボートが丁度到着。並んでいた人たちが乗り込むと満員になったが、すぐに次のボートが来るだろうとチケット(8ユーロ)を買って水路脇のベンチに並んだ。ベンチ前の手すりは黄色や青の色とりどりの綺麗な花鉢で飾られている。待っている間に、他の乗船場から出発した遊覧ボートが次々と前を通り過ぎていく。
 20分程して漸く我々のボートが到着した。水路は一部で途切れているので、周回することができないため、折り返して戻ってくることになるが、中世の建物が立ち並ぶブルージュの街をほぼ全体を取り囲むように廻らされている。13~4世紀の頃は、水路に並ぶ建物の倉庫にヨーロッパ中からの商品が運び込まれ、またここから搬出されていたのだろう。約30分程度の遊覧だった。
 遊覧を終え、時間も6時前となってきたので、駅に戻ることにした。レースの土産物屋などを冷やかしながらゆっくりと石畳の道を行く。どこかで曲がらないといけなかったのだが、そのまま進んでしまい、駅の方向とは90度違うカトレーヌ通りを進んでしまった。少し遠回りしたけれどもどうにか駅に到着したけれど、みんなの足は棒状に、顔の表情もお疲れ。

 時刻は6時25分。時刻表を見るとあと数分で列車が出ることが分かり、ダッシュでホームに上がり、辛うじて間に合った。ブリュッセルまでの間にあるゲントという中世の街にも行きたかったが、時間が遅くなっているので、次の機会とし、ブリュッセルに戻ってグランプラスのイルミネーションを見ることにした。













7時20分頃、ブリュッセル中央駅に到着。
 昨日の道を再度歩いてグランプラスに出る。まだまだ広場は明るい。暗くなるまで食事をして時間を潰すことにした。広場に面したテラスでと思い、6人が座れるテーブルが丁度空いていたので、その店(CASA MANUEL TABERNA)に決めた。ウェイターにメニューを持ってきてもらい、ベルギービールの種類を選ぶ。黒も良いけど、隣のテーブルで飲んでる赤みがかったビールに興味を抱き、それに決める。そしてビールのアテとなる料理も決めてウェイターに注文すると、ここ(テラステーブル)は飲み物だけで料理はダメだという。「ありゃー、でもいいか!」とビールだけ頼んだ。
 しばらくして赤みがかったビールの大ジョッキと中グラスが運ばれてきた。みんな喉が渇いていて「乾杯!」。一口飲んでみると、「アマーい!」「ありゃー、これ失敗や!」、ビール製造の1000年の歴史で、800銘柄の種類があるベルギービールだが、甘いビールはやめといた方が良い(教訓その2)

 30分ほど広場や他の店を見やりながら、甘いビールを飲み干し、食事のレストランを探すために席を立った。他のテラスを見ると、やはり飲みのもだけの客が多かったが、中にはピザを食べている客も見受けられた。どうなってるんだろう? よく分からない。要は席に座る前に店員に、食事ができるかを確認する必要があるということだ(教訓その3)
 再び、イロ・サクレ地区へ行き、店内で広そうな店を探し出して入った。(9時過ぎ)。
早速、普通のビールを注文。料理は昨晩に続いてのムール貝、そして隣のテーブルに大きな鍋が置かれているのに興味を持ち、それと同じパエリアを注文した。パエリアは人数分の注文が可能ということで4人分を頼んだ。そしてワインと、スパゲッティも。
 パエリアは時間が少しかかったが、蓋を開けてみると、サフランの黄色いご飯の上に、えびやムール貝などが一杯入っていた。みんなの「すご~い!」という歓声に続いて、すぐさまみんなのスプーンとお皿が近づいてきた。味は結構濃厚で美味しかった。お皿にお代わりをしたがかなりの量があり、最終的にすべてをたいらげることができなかった程である。








10時過ぎ
 店を出ると通りは漸く薄暗くなっていた。丁度良い時間だ。イロ・サクレ地区の細い通りをグランプラスに向けて歩いていく。数分して細い路地の間から、両サイドの暗い建物を挟んで真正面に明るく輝く大聖塔がそそり立って見えてきた。思わず写真撮影。
 そして広場に出ると夕方以上にイルミネーションを見るために多くの観光客で、広場が埋め尽くされていた。記念写真を撮るグループや座り込んで雰囲気を楽しいんでいる団体、広場の真ん中でぐるぐる回りながら周辺の建物のイルミネーションを観察する人、抱き合ってキスをするペア―などなど。そんな人たちの中で、私たちもシャッターを何度も切っていた。でもなかなかうまく写せない。20分程して、そろそろ帰ることにした。
 O氏は帰り際に広場の端っこにあるゴディバに立ち寄って格安のチョコ5箱を30ユーロ程度で買い込んだ。(真夏のチョコ、大丈夫かな。)
 11時10分ホテル着。